厨二病日記

取り敢えず患った不治の病が厨二病でよかった Twitterは @Pott0N_mush

【雑記】厨二病、好きなものを語る④

 

皆さんは自分が最初に買った(買ってもらった)漫画って覚えてますか?

 

私は覚えています。ひかわ博一さんの星のカービィ デデデでプププなものがたりの背表紙がプラズマカービィの巻です。ただ、こうして考えると最初の1冊は思い出に残りうる反面、何気なく手に入れてるので間違ってたりするかもしれませんね。現に私は忘れていました。この記事で語ろうと思う作品がそれだと思い込んでいたのです。

 

私が今回愛を語りに語るつもりでいる作品はシャーマンキングです。とりあえずまっ先に言いますと私はシャーマンキングが好きなはずなんですが、実は真エンドを読んでいません。加えていうとフラワーズも読んでいません。0は読んでますがもしかしたら、最新巻を買ってないかも知れません。なんなら原作の単行本は売りました。みかんに驚いてです。

 

それで愛を語ろうとな!?と思うかもしれませんがええ語りますとも、語りますとも─

 

さて、私がシャーマンキングを知ったのは10歳くらいの頃だったと思います。アニメが放送されており、確か16巻まで出ていた頃に「アニメの先を知ってたらすごいやん?」と思って買いました。ワンピースやNARUTOも候補にあがる筈でしたが私より鋭い先見の明を持つ友人が既に抑えていて結果シャーマンキングを買うことにしました。なんとも消極的な出会いです。

 

私は漫画というものの性質をうまく理解していなかったため最新刊から買いましたが16巻といえば見開き風景からの「アイツはオイラの兄なんよ」が衝撃の巻です。当然わけがわかりませんアイツってかハオって何者?というレベルだったので1巻、2巻と買っていくことにしました。

 

さて、実は漫画って2種類あるんですが、これどういうことだと思いますか?

 

あまり焦らしてもしょうがないので答えを言いますと、シャーマンキングは地球が舞台です。ワンピースやNARUTOと異なり現実の地球が舞台なんです。これは私にとってありがたいことでした。アイヌ族にコックリさんや吸血鬼伝説、ロンドンの探偵やヤマタノオロチ伝説、ハンムラビ法典、ネクロマンサー、エクトプラズムなどは現実に伝承があり調べるともう一粒面白かったのです。偏りはあるといえリアルの物事に関して興味を向けられるのはシャーマンキング特有の魅力と言えましょう。

 

この作品の魅力をより強固にしているのがキャラクターと風景です。阿弥陀丸と出会った墓、民宿「炎」、潰れたボウリング場やボーズと戦った神社、出雲のICや多磨霊園7巻まで辺りでもこれだけ思い出せる風景があるのは、そこに重きを置いた演出あっての事だと思います。民宿「炎」などは看板や見取り図なども設定されており、空気を感じさせるこだわりがあったのだと私は感じています。

 

キャラクターも魅力的で新しかったです。

 

主人公の麻倉葉は主人公らしさを感じさせないゆるそうな面が際立ちますが、腹を括った時の強さは人一倍です。そもそもゆるそうなのはセリフ回しなど演出の妙で、X-LAWSに単独で喧嘩を売ったりチームTHE蓮相手に一人で大立ち回りしたりなどかなり豪快なキャラクターです。彼の「なんとかなる」というのは処世のうえでも重要なことですね。

 

シャーマンキング魅力的なキャラクターは多過ぎるのでピックアップになるのですが、私的に外せないのはマタムネです。言うことが相田みつをのような麻倉葉の初持ち霊で、ポエマーなところがあります。好きです。愛らしい(はず)見た目からは想像できないほど長生きでおよそ1000年は生きて(霊としてなので過ごして?)います。長い時を生きて世界中を旅しておきながら青森に訪れたのは9度目だそうで、葉には微妙な回数と言われていますが満遍なく旅しているなら妙にリアルだと思います。ちなみに恐山ルヴォワールでは曲のない歌詞が2作ほど出ましたが、最後のポエムも含めそういうところもシャーマンキングの魅力です。

 

マタムネは霊でありながら巫力を持っておりオーバーソウルを使って鬼を祓うことができ、ネコでありながら強キャラという厨二病患者のツボをガシガシつく設定に加え、作品の中心にいる葉、アンナ、ハオへの影響力から、ポジションが非常に良いため誰であってもシャーマンキングを読めば惹かれること間違いなしです。問題は中盤に少しの間しかメインとしては出ないことですね。

 

そして、シャーマンキングと言えばやはりハオでしょう。ハオはその圧倒的な強さから死を超越しているため完全に自由です。法に守られ法を守る法治主義から逸脱しています。正直このキャラクターは描かれているだけで凄いと思います。理由は死を恐れる必要が無く、人の心が読めてしまう人類の中で最も神に近い存在の気持ちになってセリフ一つ一つを考えるのは至難の技だからです。

 

彼の魅力はまず強さ、そして弱さでしょう。シャーマンとして125万という設定ミスとしか思えない程飛び抜けた巫力を持ち、持ち霊も五大精霊が一つのスピリットオブファイア、そしてそれを超・占事略決を作ってしまう程の卓越した陰陽術で属性を変えて扱うチートとしか言えない強さは読者に畏怖あるいは憧れを抱かせること間違いないです。

 

しかしそんな彼にも人間的な弱さがあります。彼は心を読む力を持っていますが、持ってしまっているとも言えます。故に本来は表裏のある人間に対し感じる不安がない彼は、人間の持ちうる最後の不満をいつも感じているのです。欲にまみれ、平気で人を裏切る心を初めから知る彼は、それが無くならないことに絶望しているのです。なんとピュアで可愛らしい

 

私は彼が怨みを積極的に買うのは、心の底から敵対しているのであれば容赦しなくて済むからだと予想しています。きっと理解を示そうと10割の心で来られたら情が入って殺せないだろうと思います。このように圧倒的でありながらも人間くさい悩みを持つところがハオを魅力的なキャラクターにしておりシャーマンキングの読むべき価値を高めているいるのです。

 

さて、最後の魅力こそ最大で、シャーマンキングには人間学があります。

 

黄泉の洞窟で四方八方何も見えぬ中を歩く葉が見出した「前に進んでたらなんとかなる」は歳をとる毎に重みを増します。ミッキー麻倉の「大人になると天井のシミがよく見える」という言葉も中々に悲しいです。これは自分の限界がおのずとわかってしまうということで、ミッキーは自身がハオに追いつくほど強くはなれないと悟っているわけです。こういった難局突破の考え方や自分の限界への思索は人生で必ず活かせるものだと思います。これらを考える時期が必ず来る訳ですからね。

 

勿論、シャーマンキングの人間学はそういった自らの可能性に関することだけではありません。作中にグレートスピリッツという神が登場するのですが、人間から見た神は宗教や哲学に依存した像を持ってしまいます。グレートスピリッツはこれらを各コミューン(エリアのようなもの)にわけることで解決しており、死後の世界は各人のイメージ通りになるというのです。自分の死後の世界について考えるきっかけになります。昨今は不景気のムードにより精神世界への関心が減少しがちです。シャーマンキングを読むことは精神世界への関心を取り戻すことにも繋がるのです。

 

これで最後にしますが、私はシャーマンキングにおける巫力に関しては、一つの哲学を感じさせる程のものだと考えています。

 

巫力は無から有を生み出すための力です。生まれ持った巫力は普通の生活をしていると殆ど伸びることはなく、擬死体験を乗り越えて少し上昇する程度には増やすことの難しいものです。しかしシャーマンの力を具体的に示すパラメータの一つであり、シャーマンは精神や肉体的に厳しい修行をすることでこれを鍛えます。

 

巫力には伸ばしやすい時期があります。小さい頃の方が伸びやすいのです、私はこの原因がオーバーソウルの無から有を具現化する性質に関連しているのだと考えています。

無から有を生み出すには、架空のものが実在すると強く信じる必要があります。それは子供の方が得意です。同じく子供が強く信じれることは夢の実現で、すなわち夢を実現する力はまさに巫力だと思います。できると思って始めない限り何事も実現することはありません。子供の頃は不可能なんてないと思い込めたりするわけで、少々無謀な挑戦と失敗を繰り返し逞しくなり、できると思えることの難しさを上げていける精神の性質こそが巫力なのだと思います。

 

現実における巫力をどう捉えるかの例をもう一つ挙げると、起業などのリスクを伴うことにおける試練を乗り越える力も巫力と考えられます。

ZOZOTOWNやCygamesなどは10年遡れば確実に無かったもので、私のように中身の薄いアラサーにとってはついこの間の20の頃には無かったものなんです。しかしながら、これらを作った人の作ろう、やろう、できるという強い思いは大企業を生み出しました。無から有が生じたわけです。おそらく20代までに鍛えた巫力の高さが成しえたことでしょう。

 

これらのことから、巫力とは人生を切り開く根本的な精神の力と言って間違いありません。つまりシャーマンキングを読んで巫力を理解することは人生を完遂するにあたって必要な力を養うということなのです!

 

…愛ゆえに少々行き過ぎた意見を述べましたが、やはり私はシャーマンキングが好き。それは伝わったかと思います。

 

さて、今回は更新に間隔が開きましたが、最近仕事が忙しいんです。残念なことです。しかしそれもまた人生、なんとかなるでやっていきたいですね。

 

ついでですが、曲のない歌を作中で多用する所も、歌うことで精神が落ち着く性質と巫力の増加を結びつけるところも好きです。なので私はこれからも曲のない歌詞をこそこそと書いてはあげたいと思います。

 

それでは!